しょこら@です。
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昨日の俺は、朝から軽い苛立ちを隠せないでいた。
ネットで、こんなニュースを目にしたからだ。
「プリント倶楽部」復活
大半の読者の皆様にとっては、至って普通の、いやむしろ「好き!」というくらい、ありふれたゲーム機として知られていることだろう。だがしかし俺にとっては、この名前を耳にするだけで、胃の底から何かムカムカした、黒いモノが沸き上がってくる、貴重な20代を蝕んだ、とんでもないゲーム機なのだ!!
このエントリーは、俺とこの四角い悪魔の箱との、壮絶な戦いの記録である・・・
新卒でゲーム会社に入った俺
今でこそカタギの仕事をしている俺だが、その前は、某ゲーム会社に勤めていた。会社名は敢えて言わないが、コンシューマー※1も、アーケード※2も、両方手掛けていた(過去形)あの大手である。ここでは仮にA社と呼ぶことにしよう。
※1:家庭用ゲーム機のこと
※2:ゲームセンター(ゲーセン)のこと
当時、新卒でA社に入社すると、全員洩れなくアーケード事業、もといゲーセンの現場に配属させられた。その中からちょっと目立った奴らが、コンシューマー事業側に引き抜かれていくというキャリアアップの構図である。地味で平凡な社員は、永遠に地方のゲーセン勤めを余儀なくされる。そして俺も、その内の一人だった。
入社1年目こそ店長補佐として現場のイロハを覚える時間が与えられた俺だったが、2年目からいきなり店長に抜擢され、一つの店を任されるようになった。まぁ店長といえば聞こえはいいのだけど、要するに「一人社員」店舗である。
店長ともなると、店のことを全て自分の目線でやらねばならない。店内外の清掃、接客、アルバイトの面接・勤怠管理、イベントの企画・実行、収益管理、プライズ景品の仕入れや在庫管理、そしてゲーム機のメンテナンスまでを、スタッフを使いながらこなしていく。まさに "小さな経営者" 的な立場だと言える。
そんな仕事を、新卒僅か数年目から任されたというのは、ある意味貴重な経験だったのかもしれない。
ゲーセン黄金期における神機種、それが・・・
俺が入社した1990年代は「ゲーセン最盛期」とも呼べる、黄金の時代だった。その中でも、鬼神の如き売上を誇っていたゲーム機が二つある。
一つは『UFOキャッチャー』
もう一つは『プリント倶楽部2』(通称プリクラ)だ。
当時のプリクラは、今のようなお絵描きや画像加工などの追加機能なんか一切無く、単にイラストの付いた「フレーム」に自分の生顔が入るだけ、というシンプルなもの。しかし、これが驚異的ともいえる "100円玉回収マシーン" だった。
こ の 絵 を 見 る だ け で 吐 き 気 が ・・・
フレームの種類によって人気が左右されるのだが、大人気のディズニー枠ともなると、4~5時間おきに100円玉の入ったボックスを空にしないと、溢れ返って入りきらなくなる程の勢いだった。他にもバックスバニーとか、ピングーあたりは人気だった記憶がある。逆に機関車トーマスとか、ローカルネタ系は不人気だった。
平日の放課後や週末ともなれば、JC・JK、それこそ子連れファミリーに至るまで、筐体の前に大変な行列を作り、4 x 4枚のシール写真に狂喜していたのである。
プリクラは「脆弱な悪魔」だった
さて、プリクラはそんな神商品だったワケだが、実は筐体に使われていたシール印刷用のプリンターは、一見すると業務用に最適化されたスペックでもなく、ごく普通に近くの家電量販店で売られてそうな、インクジェット式プリンターだった。
インクジェットだから、特定の色だけが異常に減る。ま、でもそれくらいなら交換するだけなのでまだいい。問題は「しょっちゅう故障で止まる」ことだった。
そりゃそうだ。貴方の目の前でPCにつながれているそのプリンターが、365日12時間フル稼働で印刷し続けるシーンを想像してみるといい。まともに動作し続ける方がおかしいと思わないか?
壊れたところで、何処が問題なのか、メカニックでもない俺にはさっぱり分からない。トラブルシューティングなんていうご丁寧なツール等は一切無かった。全ては経験と気合で直せという、ブラックな時代・・・それが昭和だった。
ちなみに、修理担当の社員は各県あたり1人程度しかいなかった。従って、機械がトラブったところで、直ぐに助けに来てくれるなんて全く期待出来ない。全ては、現場にいる人間(要は俺)でやるしかないというわけ。
テンチョー、プリクラエラーでーす
入店1ヵ月程度のアルバイトが、フロアを回っていた俺を呼び止めた。またあの機械かよ。思わず溜息が洩れる。俺の店で1台しかない、貴重なプリクラ「様」だ。
長い長い行列の先で、奴は俺を待っていた。
前面のドアを開き、チェックする。プリクラの機械トラブルの約8割は「紙詰まり」である。くしゃくしゃの紙を取り除いて、リセットすれば大抵の場合復帰する。だが、今回紙は詰まっていなかった。
原因が分からない時はとりあえずリセットだ。
文系出身の俺が出来るのは、ここまで。
だが、直らない。
何度再起動しても、オレンジ色のインジゲーターが、つきっぱなしのまま。
JC・JKの大行列の先頭で、原因不明の症状に悪戦苦闘する、文系あがりのメカ素人店長。やがて、苛立った先頭のJKが、吐き捨てるように俺に言った。
ねぇー、なにやってんのー?早く直してよー
た、大変申し訳ございません・・・
平謝りしながら、狂ったようにシステム再起動を繰り返す俺。しかしどうしても、オレンジ色の光がグリーンに変わってくれない・・・
意味も無く、プリンターをゴツンと叩いてみた。
「困った時は叩け」って、ドラえもんも言うしな。
・・・
・・・
・・・
しかし(当然ながら)治らない。
どうにも立ち行かなくなってしまった俺が手にするもの。それは・・・
このPOPを貼った瞬間の客の反応は、だいたい同じ。
うわ!サイアクー(語尾↑)ホントコイツ使えなーい
た、大変申し訳ございません・・・
こんなやり取りが、まさに毎日のように続いた。その度に、JC・JKからはまるで「プリクラを直せない店員は虫けら」であるかのように見下される。当時はそれほどまでに鬼気迫った雰囲気が、筐体の周りには漂っていた。
俺は思った。"こんな機械、マジで無くなればいいのに" と。しかし、プリクラは当時稼ぎ頭筆頭だっただけに、撤去することはまさに自殺行為だった。やがて、スタッフの「テンチョー、プリクラエラーでーす」という能天気な呼び声を聞くたびに、発作的に胃痛が出るまでになってしまった。
プリクラを見る度に思い出す、若かりし頃の辛い日々。せめて製造者のア〇ラスには、業務用プリンターを使って欲しかったと、今にして思う次第である。
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